Friday, September 22, 2006

彼方

ユイスマンスを読んでいる。
長い人生の中で自分の思想や宗教観が変わる時って、外側からの影響があるのかそれとも内側から始まるものなのか。変わる事を恐れる人と恐れない人とがあるのだと思う。変わっていく事に気付かない時や人もあるのだろう。自分の事も分からない。本当に分からない。変わるという事が認識出来る人は、自分の現在をきちんと解っているのだろうか。それとも、変わって当たり前なのか。私は変わるという事を極端に恐れる。風化するとか退化するとか、色あせるとか花が散るとか。そこに美が生まれる事も沢山あるし、花は散るから咲いてる時が美しいのかもしれない。おじいちゃんやおばあちゃんが嫌いな訳じゃない。どちらかと云うと同世代より好きだ。多分、私はわがままなので、今、私の目の前にいる形から変化していくのが怖いんだと思う。今、おじいちゃんとして会ってる人は、ずっとそのまま今みているおじいちゃんでいてほしいし、今、幼稚園児の形をとっている物体は、ずっと幼稚園児でいてほしい。自分が気に入った形のままがいい。なんて勝手な人間だ。だから彫刻とかブロンズとか石造りの建物とか好きだ。もちろん風化するだろうし、自然災害で崩れてしまうかもしれない。でも、なんだか安心する。私よりは強そうだし、長持ちしそうだから。
そしてもちろんの事、会うたびに、会う人に合わせて話している事が変わる人も大嫌いだ。思想や生き方が変わる事は長い人生の中で色々ある事だろう。だが、相手の顔色や出方をみて言ってる事を変える人種はどの方向からみても納得できない。
まあ、それも、私が納得出来ないだけでその人種にはなんの関係もない事だ。